中日地方発展協力モデル区について
中日地方発展協力モデル区について考える
「中日地方発展協力モデル区」について考える
―国家発展改革委員会と共催したオンラインセミナーの結果から
一般財団法人日中経済協会北京事務所長 岩永正嗣
北京事務所所長代理 澤津直也
日中経済協会では本年8月5日、国家発展改革委員会地区経済司との共催により、モデル区6都市(天津、大連、上海、蘇州、青島、成都)をリレー中継してのオンラインセミナーを実施したところ、日本企業約300人規模の視聴があった。実際に本モデル区を巡っては、日中経済協会賛助会員企業やメディアから本モデル区に関する問い合わせも多く、注目を集めているのは事実である。また、コロナ禍の影響でなかなかリアルな会議が開催しにくい一方、今回、東京、北京、6モデル区の合計8都市を中継し、複数の地域の政策説明をまとめて聴けたというのは「オンラインならでは」のメリットであった。本稿は、今次セミナーを通じて得られた中国側の本モデル区立上げの背景や意図を振り返りつつ、日本企業の受け止めや評価について考察するものである。
オンラインセミナーの北京会場となった日中経済協会北京事務所。郭蘭峰・国家発改委副秘書長兼地区経済司司長や、安利民同司副司長が来所。
■ 問題意識
本セミナーの開会にあたり、日本側を代表して当協会の杉田専務理事は、次のような問題意識を提起した。「中日地方発展協力モデル区は、従来の開発区や新区などの工業団地、都市計画における日中協力事業とは何が異なるのか。さらには、日本企業にとってはどのような協力機会、ビジネスチャンスなどが期待されるのか、関心は尽きない。そして、中央政府の政策当局者からまとまった話を聞くことが出来る貴重な場となるだろう。」
これに対して今回のモデル区に関する中国政府の狙いや期待について、郭蘭峰・国家発展改革委員会副秘書長兼地区経済司司長は、「日本のブランドや技術、中国のマーケットや製造の強みを活かし、日中両国経済の新しい経済成長のポイントを形成したい。コロナ終息後の両国共同のミッションは、景気回復であり、日本各界と共に地方発展協力メカニズムを構築し、日本企業の中国への進出をバックアップしていきたい」と意気込みを表明。これを実現するための今後の5つの取組として、①提携メカニズムの改善、②日本企業の操業再開支援、③ビジネス環境の充実、④政策・優遇策の強化、⑤宣伝の強化を挙げた。
■中国がこうしたモデル区を作る背景と意義
中国側によれば、本モデル区選定の直接のきっかけは、昨年4月の日中ハイレベル経済対話に遡る。同対話のため北京を訪問した片山さつき内閣府地方創生担当特命担当大臣は、国家発展改革委員会張勇副主任とのバイ会談で、日中間における地方創生やスーパーシティに関する意見交換を行うことの重要性などについても議論。これを受けて、8月末には内閣府地方創生推進事務局と中国国家発展改革委員会が協力の覚書を締結している(注1)。
本件の国家発展改革委員会側担当部局が地区経済司であり、同司は上記協力枠組をも念頭に「中日地方発展協力モデル区」構想を立ち上げたのである。
中国の各地方においては、200を超える国家級経済技術開発区を始め、国家級ハイテク産業開発区、省級その他の開発区など「開発区」と名の付く事業体は2000を超える。こうした地域開発の現場においては、独自に「中日」「中独」「中仏」「中韓」など2国間あるいは「中日韓」など3国間の協力の冠を付けた事業が立ち上げられているケースも少なくない。このように地域開発において積極的に海外の特定国・地域との協力を謳う方法は、日本では見られない中国ならではのスタイルとも言える。なかでも、2012年以降、二国間関係の悪化により表立って日本との協力が出来なかった中国の地方政府にとって、日中関係改善は待ちに待った機会でもあった。この点は国家レベルでも同様であり、地域開発を司る国家発展改革委員会としても、この機に乗じて日本との協力による地域開発のモデルとなる取組を後押しし、これを全国の地域開発に広げていきたいという思惑がある。
一方で、実際の地域開発については、それぞれの現地政府(開発区管理部門など)が独自に特色を出し、企業誘致を進めるのが基本である。
今回、国家発展改革委員会が指定した6つのモデル区の特色などは、それぞれ表に整理した。なお、各モデル区による、プレゼンテーション資料は、日中経済協会ウェブサイトに掲示されている(注2)。図表や写真も盛り込まれており、各モデル区の方向性を理解する一助となるだろう。
表 6つのモデル区の特色
寸評 | 発言者 | |
天津 | 既存リサイクル団地からヘルスケア団地への衣替え | 許南 中共天津市静海区委副書記 |
大連 | 都市近郊の新たなヘルスケア産業拠点開発・大連市街の後背地である広大な「金普新区」の開発促進 | 趙東 大連金普新区党工委委員 |
上海 | 自由貿易試験区の「臨港新片区」の開発促進 | 潘笑悦 上海自由貿易試験区臨港新片区高科処副処長 |
蘇州 | 相城区スマート製造基地の振興の加速 | 顧海東 蘇州市相城区委書記 |
青島 | 省エネ・環境分野を核とした日中協力基地開発 | 張建国 青島国際経済合作区党組副書記、管委副主任 |
成都 | クリエイティブ産業に特色を持たせたハイテク区開発 | 陳洪涛 成都高新区党工委委員、管委会副主任 |
注:寸評はあくまで筆者の理解である。
このように、各地域が自由貿易試験区のような制度的枠組みを含めて様々な独自の取組を進める中、中央政府がこれを「モデル区」に指定することにより、如何なる効果が上乗せされるのか、事業が始まったばかりの現時点ではこれを評価することは難しいが、今後、その動きを注視していきたい。
■ こうした動きに対する日本企業の受け止め
日中経済協会がセミナー直後に実施したアンケートでは、以下のような声も聞かれた。
●6モデル区それぞれに特徴やコンセプトがあり、日系企業が、なぜどこに進出したのかが理解できたのは良かった。
●全体感がよく把握できたが、各モデル区の説明は、ハコモノ中心、企業誘致中心のプロジェクトが多かったように思える。実際のところ日系企業の対中ビジネスの関心と地元政府側の期待値とが、実際にぴったりと合うのか、今後、精査していく必要があると感じた。
●本モデル区は、中国側のイニシアチブであるため、つきあい方が難しいように思うし、これまでの工業団地で育てられてきた交流の資産はどうするのかといった疑問はある。日本側も、中国の地方政府と対話を行ったり要望事項を発信したりすることができるようになるとよい。
●今後のスケジュールを明示してもらえればよかった。どのような優遇措置があり、いつまでの完成を目指し、いつまでに誘致を締め切り、誘致セミナーはいつ実施するかなど。
今回のセミナーは、各地の取組をある程度網羅的に知りたいという参加者には有意義であった一方、更に踏み込んで「新たな要素」や「他との違い」を期待した参加者には物足りなさも感じられたようだ。
実のところ、日中経済協会の側がセミナーを実施したのも、中国政府がこのモデル区を発足させることで何をやりたいのか、日本企業向けに直接説明してもらうことで、中国政府自身にも日本企業にとって魅力のある形を再考してもらう機会にしたかったということが、企画の狙いの一つである。
一方、各地の開発計画はいずれも日本やその他の国や地域ではなかなか見られないような規模と内容を誇るものであり、一つの国の中でいくつか拾っただけでも驚くようなプロジェクトがひしめき合う中国のマーケットとしての勢いを改めて強く印象付けられるものでもあった。
米中関係はもとより他の国や地域との関係も複雑化している今、中国の中央・地方政府の日本との関係や日本企業に対する関心は非常に高いものとなっている。そうした追い風の活用も念頭に、各地のマーケット潜在力をどう読み解いていくかが、中国でビジネスを展開する者として重要になっているのではないか。
(注1)第5回日中ハイレベル経済対話
片山内閣府特命担当大臣記者会見要旨 令和元年9月3日
(注2)中日地方発展協力モデル区オンラインセミナー(日中経済協会ウェブサイト)